宮城県のトランクルーム一覧

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石巻湊店

屋外型
石巻湊店
月額価格 3,000 円~22,000 円
広さ 0.5~10畳
所在地 宮城県石巻市湊筒場
アクセス 渡波駅から車で6分
最寄駅 渡波駅

宮城県について

宮城県の人口は232万2024人(推定人口年報H29.0.1より)で14番目に人口が多い県です。東北地方に位置する県で太平洋に面しています。宮城県は県庁所在地のある仙台市、石巻市、大崎市等の35市町村(14市10郡20町1村)で構成されています。面積は7282,22㎢で国土の約2%を占めています。夏は冷涼であり、冬は気候は緯度に対して温暖な気候です。冬の降雪量も他の東北地方の県と比べると少ないため、住みやすい地域です。宮城県の人口の45%が仙台市に集まっています。そのため、仙台市周辺の人口は伸びていますが、それ以外の地域の人口は減少傾向にあります。宮城県の主な路線はJR東日本の東北新幹線、線山線、東北本線などがあります。宮崎県内に私鉄の路線はありません。高速道路は東北自動車道、山形自動車道、常磐自動車道の3本が走っています。宮城県は2011年3月11日に東日本大震災で大きな被害を受けました。現在でも復興作業が続いています。

宮城県の土地柄

宮城県の花はミヤノハギで、県木はケヤキ、県鳥はガンです。宮城県は日本国内で最多のガンの飛来地とされています。宮城県の三陸沖合には親潮と黒潮で形成される漁場があります。宮城県の漁業・養殖業の生産量は242,072トンで全国で3番目に高い生産量です。その中でも「サメ」「ヒラメ」「ホヤ」「カジキ」などの生産量は全国1位です。宮城県は過半数を森林が占めていて、キノコやわさびやなどの林産物に恵まれた地域です。宮城県の農業産出額の約4割はお米が占めています。宮城県の気候は、夏は酷暑が少ないのが特徴です。冬は、東北地方の中では洪水量が少ないので、比較的過ごしやすいです。県庁所在地である、仙台市などの沿岸部は緯度の割に温暖です。観光名所は、平安時代から多くの歌に詠まれ、中世には霊場として栄えた松島が有名です。また、仙台市の愛称でもある「杜の都」を象徴する定禅寺通という並木道も有名です。東北の中で住みたい県1位でもあり、まさに自然と住みやすさやを兼ね備えた県です。

宮城県の歴史

宮城県は明治維新以前、伊達氏が支配する「仙台藩(伊達藩)」であり、全国的に見ても有数の大藩でした。現在の岩手県南部から宮城県全域までと福島県新地町の約60万石を治め、現在の茨城県および滋賀県に合計約2万石の飛び地がありました。仙台藩は1871年11月2日の第1次府県統合で仙台県と一関県(後に磐井県に改称)が置かれました。その後1872年に仙台県は「宮城県」へと改称されます。明治政府が誕生すると、北地方支配の政治的拠点とされた仙台市を中心に発展が始まりました。富国強兵政策によって、第二帝国大学(現東北大学)を初めとした高等教育機関が設立されました。一方で、仙台湾の大半が砂浜で、臨海工業の適地がなかったため、宮城県では第二次産業が発展しませんでした。しかし、石巻湾に石巻工業港、仙台湾に仙台港が造られ、工業集積はある程度進みました。そして、仙台市の政令指定都市化やバブル景気の影響で、仙台市とその周辺が特に発展し、「仙台都市圏」の一極集中が進みました。

宮城県の制度

宮城県では、様々な制度の取り組みを行なっています。中でも中小企業の支援は盛んであり、「宮城県中小企業融資制度」というものがあります。中小企業者の方々が必要とする事業資金を、固定や低利で融資する制度です。東日本大震災の復興まちづくりは今もなお行われています。今後10年間における復興の道筋を示す「宮城県震災復興計画」を策定し、災害に強いまちづくりの構築を掲げています。震災教訓を活かしたまちづくりを目指し、高台移転,職住分離,多重防御による大津波対策など,沿岸防災の観点から政策を進めています。「防災集団移転促進事業」という活動もしており、住民の居住に適当でないと認められる区域内に事業費の一部補助を行っています。 また、地域おこしにも力を入れています。人口減少や高齢化などの進行が著しい地域でにおいて、都市部の人材を積極的に受け入れる活動を行なっています。地域力の向上及びその地域への定住、定着を目指す取り組みとなっています。

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